月と太陽

掛け持ちオタクの色々

THE BOY FROM OZ

末澤誠也(Aぇ! group/関西ジャニーズJr.)/グレッグ・コンネル役

「グレッグ・コンネル役を演じさせて頂くことになりました、末澤誠也です。」

2月27日に発表があった時は本当にびっくりしたし、凄く嬉しかったなぁ。

 

誠也くんを好きになって 誠也くんの演技を見て 歌と踊りを見て聞いて…いつか舞台上で観てみたいと思っていたからOZはタイミングがとっても良かったです!カミオトでのパフォーマンスが今回の役に繋がったと知った時は 誠也くんの道はこうして拓いていくんだ・・・って目頭が熱くなったのを覚えています。   大好きな人の夢が叶った瞬間と、その勇姿を見れたのが何よりも幸せでした!

THE BOY FROM OZ ストーリーや曲含め全てがとっても好きでひとつひとつ話していきたいんだけど、長くなってしまうから今回はグレッグ出演シーンのみを切り取って感想を書かせてもらいます

 

 

OZ東京公演                                                             私は全部で3回行かせてもらいました!

1回目は東京2日目の6月19日、この日が誠也くんと初めましてでした!初めましてだけど"末澤誠也"ではなく"グレッグ・コンネル"として生きている姿で、、本当に本当にかっこよかったです                  発声方法も歌い方も沢山稽古を重ねてブラッシュアップしていったんだろうなぁと感じるシーンばかりで…

グレッグは二幕からの登場だったけど急に現れた人物、という雰囲気ではなくてその前にどんな事があったか ピーターとの関係性はどんなものか が見てすぐ分かるほどの空気感であっという間にふたりの世界へ入っていくことが出来ました                                   パンフレットで誠也くんが口にしていた不安や緊張は1ミリも伝わってこず本当に堂々とした姿で、凄く誇らしかったです!

 

 

上にも書いたけど私は誠也くんの舞台を観に行くのが初めてだったから全てが未知数でした。                  ドラマとは違う環境で、ミュージカルというジャンルで、演じる役の環境もまた、、消して易しくは無いもので…。本当に沢山の壁があったと思います。長く上演され続けている舞台に新キャストとして加わることも然り。

それでも私が見た誠也くんはグレッグそのものでした頑固で不器用な優しさがこっちにまで伝わってくるのがすごい心地良かった。                                           だけど彼が持つ愛は不器用なりにひとつ残らずピーターへ届けられていく、それが何よりも温かくて柔らかでした。口ぶりや態度は生意気なのに内から溢れ出るのは彼への愛だけ。

 

 

 

舞台を見ていくうちにグレッグのテキサス生まれがすとん…と落ちてくるくらい誠也くんがグレッグとして生きていたし 節々に誠也くんらしさを感じる彼に時間が経つと共に惹かれていきました                         自らのキャリアに自信と誇りを待っている姿や       ピーターを揶揄う様な素振りを見て似ているなぁと   誠也くんがこの役に選ばれた"理由"を強く感じて幸せでした♡

 

1回目の観劇から約1週間後、2回目のOZ 6/27         内容は知っているのに都度楽しくて 苦しくて 愛おしくて、、二幕、最初の2人で歌うシーンが1回目より安定した発声だったのを聴いて誠也くんの努力に触れたような、胸が熱くなる感覚を味わいました。       たった1週間しか経ってないのに全てが前よりも良くなっていて益々グレッグになっていたことに圧倒されました!でもやっぱり・・・

 

 

私が1番驚いたのはグレッグが自分の病気をピーターに告白するシーン                                                     あのシーンでグレッグは2回ピーターの名前を呼んでいたんだけど、どちらも彼が持つピーターへの愛が強く伝わってくる声色で どれ程愛していたかが観客にストレートに届いたことです。                               あの瞬間堪えていた涙があふれました。何度思い出しても色褪せないであろう2人の想いが本当に素敵で、綺麗で儚くて…

いつだって自分を大きく見せていたグレッグが、自分1人で何も出来なくなってしまう前に別れを決意したのに最愛の彼に抱きしめられて揺らいでしまった故、ピーターの腕の中で見せた表情を私は一生忘れません

 

 

対してグレッグが死んでから仕事詰めのピーター

弱って見えるけど消して"いつもの自分を忘れず、ぶれず"に居ただろうにディーが「悲しいからって」と口にした途端顔色を変え 肩で息をして反論する姿に 彼の心の中を覗いてしまったような気持ちになって

その後のグレッグ歌唱シーン、あのシーンほど泣いた所は無いかも…ってくらいの涙が出ていました。     会話はできているのにグレッグの姿を見つけられないピーター そんなピーターにだからこそ届けられる彼の心からのアイ・ラブ・ユー                                   本当に本当に美しくて悲しかった。                         どんな時よりも柔らかい慈愛の眼差しを向けるグレッグはずっとこころに刻まれています。                       2人ともが時は違えど同じ病に倒れようと、どちらの愛も薄れること無く、心は最後まで添いとげる…     グレッグはピーターの目を ピーターはグレッグの目を思い出すようにして。

これを書いている今も目頭が熱くて。

グレッグの囁いた愛してるよ が彼に聞こえた時、グレッグの存在をふいに感じて手を伸ばすシーンも… どのシーンを切り取っても切なくて                         ここまで深い世界観へ連れて来てくれるミュージカルに出会えて良かった。

 

3回目 最後のOZ 6/28                                                 2日連続のOZからしか得られない栄養がたっぷりありましたㅜ.ㅜ                                                           初日と2回目はとにかく必死で二幕を目に焼き付けていたけど、最後はとことんTHE BOY FROM OZの世界を楽しむのみ!と決めていました︎︎︎✌︎                         一幕の曲、 本当に全て名曲でした。                         ラブクレイジーは私のお気に入りです♩ 加えてリトルピーターたちも可愛かったし…♡                  

そして何より 座長坂本くんのポテンシャルの高さに脱帽でした。                                                             全くブレることのない歌声も勿論 軽やかなタップダンスやステップ メイクひとつ変えずともその声や立ち方や表情で伝わるその時その時のピーターの心情と体調。。心が震えました。                                       そしてやっぱり坂本くんも然り他の名だたる俳優の方々の演技や歌声や表現力に感銘を受けると同時に、その中にいる誠也くんへの尊敬や数々の感動がすごくすごく幸せで。

 

 

いつの日にか誠也くんが言ってくれた                   「絶対幸せにしてあげるから」という言葉が、とっても染みた3日間でした。

 

誠也くんに出会って 誠也くんを好きになったから観る事が出来たブロードウェイミュージカル「THE BOY FROM OZ」は私にとっても本当に宝物のような作品です!

何度でも観たくなる                                                 男女を越えた無垢な愛と数々の名曲                           忘れはしない末澤誠也の努力と実力と本気…           最高すぎる人生のショータイムを見せてもらいました!!

幕は降りてしまったけど、ずっと私の中で2人は存在し続けるだろうと思います!

 

…改めて誠也くん1ヶ月間グレッグとして生きて沢山の感動を与えてくれて有難う! お疲れ様でした!

 

 

 

#Aぇ でも少しお話していたね                                 誠也くんにしか伝えられない思いも沢山あるんだろうなぁ…いっぱい悩みや葛藤の中で演じて来たであろうグレッグ・コンネルは素敵だったよ。彼は今の誠也くんだからこそ演じ切る事が出来た様な気がしています

 

 

 

 

そして本編とは少し離れてしまうけど舞台の最後、    I Go To Rioの誠也くんとっても可愛かったー!     白い衣装でマスカラ持ちながら皆さんと楽しそうに…リトルピーターたちとは一緒にタップダンスをしていて、胸がいっぱいになりました!                             あの瞬間は何度立ち会っても涙が溢れます。

客席から見ても素晴らしいんだもん、ステージから見る景色はもっと胸に来るものがあるんじゃないかなぁ…なんて思います☆。.:*・                                 はぁ…思い出せば思い出すほど全てが素敵なミュージカルでした!

 

 

THE BOY FROM OZのカンパニーの皆さん             本当にお疲れ様でした!

 

 

 

 

アロハシャツを忘れずに..愛してるぜ!

22:52 終

 

信じて歩くだけ

Travis Japan

修行の為3月下旬からLAへ無期限留学

 

3月3日21時からのインスタライブで告げられた渡米

ファーストインプレッションは「凄い!おめでとう!!!」でした。

Jr.である7人が期待されているんだ、このグループにしか出来ないことなんだ と誇らしい気持ちになったのがつい昨日のようです。

 

 

日本での活動休止 諸々の卒業…

少しの寂しさは勿論感じるけど、今の私は渡米をして様々なコンテストへ出るであろう彼らの活動を日本から応援し 全力で愛を送るだけだと思っています。   それでもインライがあった日から色々な人の色々な想いを受けて、急に不安が襲ってきた日も少なくはないし 彼らの決断を批難する言葉に何故か私が苦しくなったりもした。それでも私が"信じるべきもの"は「7人の言葉」だ、と思ってからは 日本にいてくれる間ただただ宮近くんへ伝えられるだけの大きな愛を…と日々を過ごしてる。

 

正直、留学の寂しさを感じるのはトラジャがLAに行ってしまってからなんだろうなぁなんて呑気に考えてるし 寂しさよりもシェアハウス事情が楽しみすぎて夜しか眠れないくらいで。。                                      自分でも「コイツ本当に悩み事とか無さそうだな…」って呆れてしまいます。だけどこう思えるのは多分、種類や形は違えど一度 活動休止 を経験してるからだろうなと思います…

 

 

ここで大体分かると思うけど、私は嵐で 無期限活動休止 を受け止め帰りを待っている状態です。(以下トラジャから少し論点をずらして書かせてもらいます)

 

 

 

1月27日

ブログでは既に何度か書かせてもらっていることだけど「忘れたくない」「忘れてほしくない」ので勝手に擦ってます笑

あの日は私が人生で1番、消えてしまいたい と思った日でした。13、4年(?) 言葉通り人生の大半を共に過ごして来た最愛の人たちからの悲しすぎる報告。     2年間誠意を伝え、感謝を届け、愛を送るという5人に嫌悪感を抱いた時もあったし もう笑えないかもしれない、繋がっている 想い合えていると1人で思い上がっていただけなんだ…と恥ずかしすぎるカン違いをしたりと兎に角冷静では居られなかったです。

 

そこからは5人を見れず他所に目を向けて、幸せだけを食べて、また違うところに行って、、と被害者ぶって 悲劇のヒロインになりきっていました。今思うと本当に恥ずかしいし傍から見ると邪魔者でしかなくて

でもその時はそうする事でしか                               自分を正当化する事でしか 活動休止 という現実から逃げられなかったんだと。

…本当に辛くて息も上手く出来ない日々が続いて全てを受け入れられたのは残りどれくらいだったかな。 もう覚えていないけど5人の真っ直ぐな思いと変わらない姿に酷く安心したのは記憶にあります。

 

こうやって経験した孤独と苦しみと痛みがあったから私は今回の留学を  明るい未来のため   だと心から信じられているし

何よりYouTube・ブログ・Instagram ・ ISLAND TVの更新は続けてくれる。という素敵な環境にも大いに救われました。

 

 

 

物理的に距離が遠くなっても7人全員と繋がれる媒体があるという事実が心底嬉しい。                             そしてTravis Japanの夢を私たちファンと追いかけてくれる。最高のパートナーだと言ってくれる彼らが愛しくて愛しくて仕方ないの。

自分たちの口から 自分たちの言葉で 自分たちを応援してくれてる方へ、1番に伝えたかったというあたたかさと、ファンを信じ「行ってらっしゃいと見送って 帰ってきた時にはおかえりと言って欲しい」と。真っ直ぐに今までで最も大きいであろう我儘を向けてくれたことが凄く嬉しくて。こんなに愛をくれる彼らを 待たない という選択肢は私には無かったです!

 

 

でもこれは全て私の意見であって。本当に色々な想いが存在していていいとは思うし自分を大切にできるのは自分だけだから 抑えなくて大丈夫だと思っています。ただ、配慮が足りなかったり、自分の事しか考えられなくなって言葉が悪くなってしまうのは絶対違う とも思っています。

 

「他の人の所に行ってもいい」

と言わせてしまうことほど苦しいものはないなぁと感じたし、あのブログを読んで益々 ファンの声はこの人たちに良いものも悪いものも全て届けてしまうとわかった機会でもあって。                                           だったらひとりでも多くこの決断が良いと思えているファンが居ると伝わって欲しくて、あのインライ以来 常々「好き」と「有難う」を零しています。

届け!と言葉にはしないけど、全ての気持ちが届けばいいと強く願っています。

 

 

宮近くん、大好きです。

 

Travis Japan 宮近海斗くんに出会えて本当に良かったです!本当に本当に!

 

数え切れない幸せを胸に、                                               日本からエールを送り続けるよ𖤐´-

 

 

 

3月3日、不安とワクワクを集めた様なそんな、綺麗な瞳で いつも頼もしいあなたが震える手でカンペを握りながら伝えた 無期限留学 という7人の決断が今はまだ少し遠い、いつか掴み取るその輝かしい目標への大きな一歩だったと笑顔で!胸を張って!言えますように!!

 

22:40 終

離れていても

2021

年が明けて休止を目の当たりにするのが辛かった。

日常の中で2021年を生きる潤くんを見れないのが心底辛かった。それなのに段々辛いと感じられなくなってしまうほど麻痺していく心が可哀想だった。

   今これを少しばかり他人事のように書けているのは今年1年に詰め込まれた彼から、彼らからのプレゼントを存分に受け取れているからかな。なんて思いながら。。

 

 

2021年は本当に感情が忙しかった。それ以前も含めてだけど。                                                                 毎日毎日「元気でいてくれていますように」と祈り続けたし「居なくならないでくれ」と泣き続けたり 漠然とした不安に闇をみることも少なくは無くて。

思い返せば大人になりきれていなかっただけ だと笑い話に出来ることばかりで悩んでいました

 

 

 

離れていても5人が居ればそれは"嵐"だし              彼ら以外が嵐"のように"なれる訳では無いから 私達が幾度となく見てきた、見せてもらってきた輝かしいほどの景色は言わずもがな、5人も見てきていて 共有できるから。

何も恐れることは無いと信じています。            

今の私は信じて待つ事しか出来ないし。だけどそれが凄く大切なことだと思っています。     

 

 

 

 

正直、いつだって分かり合えていたかと聞かれるとそうでは無かった時も本当にいっぱいあった。             でもあの背中に着いていけば 遅くなったとしても足跡を辿れば必ず"幸せ"になれていたから。            5人がひとつずつの役割を上手くやってのけていたからそのひとつずつが集まればムテキであることはずっと前に決まっていたことで。

 

先日の金スマを見ていても思う事が沢山ありました。ああいった潤くんに特化したトーク番組って今まである様でない、とんでもなく貴重な時間だと受け取っていて 99.9にも金スマさんにも、関わった全ての皆様にめちゃくちゃ感謝しています。                             周りからの優しさを真正面から受け止め、純粋で相手が想っているであろう気持ちをしっかりと感じ取れる昔から変わらない所も 1人の大人としての粋な計らいも、自分という人間を誰よりも分かっているからこその弛まぬ努力も ずっとずっとずっと変わることの無い強さと可愛らしい笑顔も・・・

 

あの2時間で彼の強さと謙虚さを改めて感じました。

いま思い出しても泣いてしまうくらい                     好きが詰まっていたし、好きになってよかったと何度思わせてくれただろう。                                           そして先輩の立場で居ることが多くなった分           後輩の潤くんを見て胸が苦しくなりました。         (あんなに可愛いなんて。。お兄ちゃん達と居る時とはまた違う愛しさがあって好きが増えた。。)

 

嵐の話をする潤くんは 嬉しそう というより             なんだか凄くプロを感じさせるような、それで居て大切な想い出を宝箱から取り出しているような本当にきれいな表情だったなぁと。

・・・

 

 

 

 

話は変わるけど、休止後初のお仕事が99.9だったのは潤くんにとって凄く有難かったんだね。               勝手知ったるスタッフさんや共演者さんに囲まれていた中での撮影で「流石」としか言いようのない座長としての姿。色んな方からの言葉で何故か私まで嬉しくなって。

嵐の現場・仕事で培った力が本当に沢山出ていたと思うし、それがどの現場でも出来ること、スタッフさんとの交流を怠らないこと、本当に尊敬してしまう。                                                                                     また 30日のJohnny’s Festival総合演出。               13組の曲をシングル~アルバム、ファンに人気のあるマイナー曲 とこの少ない字面だけでも大変さが伝わるほどの大舞台を手掛けるなんて。  

本当に誇らしいです。

1組ずつしっかりと深く話をしてきているだろうし。フリフラ導入で貢献を怠らない所も。話を聞く限り考えも付かないコンサートが完成するんだろうなと思っています。                    

だけど嵐の演出と違い少しばかり"我儘(意見)"が通りにくいかな?とか 潤くんの想いに応えられるのはあの4人だけ。。だと思ってしまう部分もあって。ごめんなさい。

それでも潤くんの創る世界は夢だから。

誰がなんと言おうと、どんな不満を抱えていようと結果は「大成功」だと信じてるよ

 

みんなが幸せになる夢が広がりますように

 

そしてこの話の最後に少しだけ私の我儘を・・・          所属タレントだからとか プロ/プロじゃない は関係なくひとつのコンサートを創るのにどれだけの労力が必要になるか、何をするにも準備が必要だということを決して忘れて欲しくないなぁなんて。コンサートを手掛けるだけが仕事ではないし、それを本職としている人でもそれなりに時間は要するから。。

・・・

 

 

 

 

 

 

こうやって潤くんを想う度色んな気持ちが生まれて。                                                                                  また自分語りのようになってしまうんだけど、私は少数派の応援の仕方をしています。

だから違う角度からの苦しい思いを沢山してきているし悔しい出来事も両手では足りないくらい経験してきて落ち込む毎日です。                                             それでも潤くんがくれる愛は"行ける人"にのみ偏っている訳では無いし"行けない人"が大勢居るのを絶対に忘れていないから。

辞めようとか離れようと考えた時はありません。     上にも書いたけど                                                     彼に着いていけば幸せになれる未来が確かに見えていたの。

 

これは当たり前ではない、奇跡です。

 

 

 

いつか嵐というひとつの時代を「伝説」と呼ぶ人が増えて、その時代が世代交代しようと私の中では伝説という言葉では片付けられないくらい大きな存在だし、片付けたくない人達です。

デビューしてから休止するまでの20年間                     ずっと恵まれていたエリートグループでは無いの 

デビューする為に集められた5人が気持ちをひとつに大きな船で航海をするまでに、その船に大きくて強い追い風が吹くまでにあった数々の苦悩を私は決して忘れません。

 

 

20年間、様々な場面で選んできた選択肢と                 5人の覚悟に拍手を。そして乾杯。              

大きな愛で包み込み続けてくれたあなたに               心からの愛と感謝を。

 

松本潤くん、あなたに出会えて本当に良かった

 

 

20:50 終 

覚悟

1泊2日の関ジュ履修旅☆。.:*・゜の備忘録です

 

 

初めて関ジュを見た時、

Aぇ! groupに出会った時 、

……

 

 

月日を経て

 

Aぇ! を応援し始めるようになり

沢山の舞台を見てきたけど
関西ジャニーズの歴史は場面場面でしか語られないことも多くあったし「途中参加」の身としての意気地の無さからそれに触れてこなかった自分も居てふわふわな状態のままAぇ担として1年弱過ごして。

 

昨日私に関ジュを教えてくれた親友と一緒に
るたこじが2TOPで関ジュを引っ張っていてくれた時から今に至るまでの激動の物語を追い 色々教えてもらう過程で

 


今まで点だった事がどんどん線になり…


今の関ジュの置かれている環境が決して当たり前ではないこと

色んな先輩が作ってくれた道があること

その道を一歩ずつ踏みしめて今日があること


その全ては簡単ではなかっただろうし
本当に沢山の努力があったから夢の景色を見れたんだろうと。

それを今までに無いほど強く感じてめちゃくちゃ泣きました。

 

 

そして何よりAぇ! groupという

末澤誠也 草間リチャード敬太 正門良規

島健 福本大晴 佐野晶哉  

の帰る場所 居場所が作られた事。

 

この奇跡を私は涙無しで語れません

 

初めこそ活躍する場面の違う人達が集まってるわけだからしっかりとお話をしたことがない人もいて、、

それでも

グループとして名前を貰い

グループとしてオリジナル曲を貰い

グループとして冠番組を貰い

グループとして、期待される

そんな奇跡の積み重ねの中で6人の絆が深まっていくのを見届けられるのも  

「嬉しい」「楽しい」という同じ思いを共有できるのもバラバラだった6人が覚悟を決めてAぇ! groupにを乗せてくれたからです。

横山くん この6人を出会わせてくれて有難う

Aぇ! group 出会ってくれて有難う

 

 

グループに入れず お仕事も貰えずの日々が続いた時期があった誠也くん。

周りがキラキラと踊り歌いステージに立つ姿を背に「辞める」という決断をする手も勿論あったしその道を考えていたと話す誠也くんも居て

そこは私には到底理解できない世界だけど、

お仕事を貰えないというのは多分「期待されてない」を遠回しに伝えている様で焦燥感に苛まれていたんじゃないかな

 

だけどそんな中でも決して負けなかった末澤誠也というアイドルが私にはとっても輝いて見えました!

 

切磋琢磨してきた仲間が華々しくデビューしていく事も少なくはなかったし 卒業という形でJr.を辞める人もいて、それでも尚自分を磨き 努力を怠らず今では

アイドルになるために生まれてきたくらい天性ともいえる魅力をもっている

と言われている誠也くん

 

 

そんな誠也くんが今よりもっともっと輝ける場所が   ありますように

 

 

誠也くんが輝く左隣にはWセンターの片割れ 正門が、右隣には何十年も苦難を共にしたリチャードが、そこに続くように佐野くん 小島くん 大晴くんが必ず並んでいますように

 

 


本当に本当に新規で十分な知識もないまま恋をしたけど私は関西ジャニーズJrという家族の中で
お互いに想いを交換しあい、

大きくて温かな優しさに包まれている事を

心の底から実感しました。

そして 改めて

 

関西ジャニーズJr.」に出会えて本当に良かった
と強く思えています!

 

      関西ジャニーズJr.のAぇ! group最高‼️‼️
        Aぇ! groupの最年長末澤誠也最高‼️‼️

 

 


あなた達は私にとって"一番星"です ⋆͛*͛ ͙͛

 

 

 

6人で絶対デビューしよな
その夢、全力で応援させてください!!!!!
必ずこの6人とで夢見た未来を迎えに行きたい

 

 

 

 


今までふわふわと応援してきてしまったことをすごく後悔してるけど、これから先6人と歩む時間は今よりもっと多くなるから

 

だからこそ自分が出来る精一杯の応援をしていきたいし Aぇ! groupに、末澤誠也に、私が持てる愛を全てに捧げたい

 

 

 

なんて、私の太陽であり月でもある彼に対して抱く気持ちと同じものを抱いた

私にとって凄く凄く大切な記念日になったし             私にも強い覚悟が生まれました

 

 

 

 

一番星:空で一番最初に見えてくる一番明るい星

嵐を巻き起こす

1999.9.15 結成

 

‹メンバー›

大野智 櫻井翔 相葉雅紀 二宮和也 松本潤

 

‹グループ名›

 

 


この日をお祝いするようになってから

もう十数年経ちます

毎年今日という日を迎えるまで

何度あなた達の活躍に胸を踊らせ誇りを抱き、

遠くからではあるけど愛を伝え有難うを勝手ながら送らせてもらってきたか。

 

 

デビュー日も メンバーの誕生日も入所日も

どれも全部本当に大切な日だけど

嵐結成日…

これは私の中で他の記念日より凄く特別に思っているし この日があったおかげで私は

「嵐」松本潤 に出会う事ができました。

だけど今年は母体である5人が私の前にいません

なんだか不思議な気持ちです

でもあの日感じた

大きな喪失感と寂しさと、

苦しさを今は感じていません。

 

 

それは多分…

今まで色んな人に作って頂いた

嵐が心を込めて歌い続けた沢山の歌あって

4人が個々に色んな場面で

嵐を忘れさせまいと強い意志を持ちながら

活躍してきているからで

私たちファンに小さいながらも

嵐 を感じさせてくれようとする

何よりも温かな優しさ があるからだと

そう思っています

 

だから私は

今日もあなた達が幸せであって欲しい

毎日笑っていて欲しい

辛い時 苦しい時 我慢しないで欲しいと願い

毎日のようにあなた達を想ってあなた達にときめいて

あなた達だけがくれる 今は微かで儚い幸せを

心の宝箱にしまって

ただひたすら頑張ることしか出来ない中で

そんな幸せをご褒美のように噛み締めています

 


いつの日にか二宮さんが言っていた

戻ってきたらまた22年目としてやりたい

というとっても彼らしい

言葉を胸に、今日のこの素晴らしくおめでたい日は"結成日"とだけ言わせてください

 

 


全ての出会いや出来事は偶然の重なりだったけど誰よりも自分たちの力を信じ、お互いを尊敬し合い

我武者羅に進み続けてくれて本当に有難う

あなた達の生き様が私の道を照らしてくれています

 


これからもどうか5人が5人らしく

大海原を冒険できますように…

嵐は私の人生の一部であり、私の人生において絶対に居なくてはならない世界一のグループです。

 

 

 

 

嵐 (ARASHI)

由来:「世界中に嵐を巻き起こす」という意味のほか五十音で最初の「あ」、アルファベットでも最初の「A」で始まることから「芸能界の頂点に立つグループになる」という意味も込めて命名された

8月の空は貴方のために

潤くんお誕生日おめでとう✊🏻!

 


いつも想っているのに、こういう時に伝えたい事が上手く言葉にできなくてもどかしくなります

でも今日は思いの丈を そのまま等身大の言葉で綴らせてください👰🏻‍♀️!

 

 

37歳の一年はとても忙しかったと思います

あなたの見つめる先が嵐の行き先 であるからこそ

考えすぎてしまうことも 上手くいかずに腹が立ってしまうことも本当にいっぱいあったはず

そんな困難に加え「最後の一年」という枕詞がくっつき歩いて休まる時間も休もうと思う時間もなかったかもしれない。

 


それでもあなたはずっと輝いていました

舞台に立ち続けるあなたは

強く柔らかな言葉と。

誰よりも眩しい光を纏って。

 

この世界を照らしていてくれた・・・

 

 


潤くんは光りです。

あなたが笑うと心は穏やかになって

あなたが楽しそうだと心が弾んで…

繋がってるわけではないのにあなたの一喜一憂が心を動かします

あなたの全てがどんなものよりも大切で愛おしい

 

 

 

 

これから先潤くん以上のアイドルを私は見つけられないと確信しているほど

 

 

 

あなたの言動は温かくて頼もしいの

 

 

 


37歳の潤くんが駆け抜けた時間

それは私にとっても凄くかけがえのない時間です

 

潤くんが嵐として活動していた時と

 

松本潤として活動を始めた時

 

 

このふたつが交わるたった一度だけの年

言葉にしなかっただけで本当は凄く不安だったかもしれない 怖かったかもしれない

色んな気持ちがあったと思う。

でも私にはその大きすぎる複雑な思いは

到底分かることではないし

詮索することでもないから

 

 潤くんのくれる言葉を受け止め誰よりも信じて待つことが残された私に出来る唯一のことだと思いながら毎日を過ごしてる。

 

 

 

 

嵐にとっても命懸けの決断 であったと言えてしまうくらいの想いをもって駆け抜けた37歳の一年が

 

どうか、

 

 

どうか潤くんにとって実りあるものになっていますように

 

 

 

 

 

 

 

潤くんは自分を

 

 

「 こんなやつはいない こんなクソめんどくさいやついない 」  Jun's Diary

 

 

と笑うけれどその面倒臭い部分は

この21年、必ずプラスとして形に成って来たし

その面倒臭さにとても焚きつけられる

ことだってあった

 

自分にとってはその追求心や熱い部分が多少なりネックに思えてしまうかもしれない

 

でもその全てが 松本潤 という人間だから

 

私はそんな松本潤が心底愛おしくて堪らない

 

 

 

今まで沢山のものを背負ってきたあなたが、

 

何よりも嵐が好きだということも

誰よりも嵐に夢を乗せていたことも

全部全部忘れないから、、戻ってくるまでずっと

忘れないから

 


だから38歳の一年も潤くんらしく好奇心に溢れ

色んな知識を吸収し、冒険し、追求し

いつかまた夢の続きを描き始めることが

できるのなら

そこに還元して欲しいと願っています

 

 

再開するまでの間に潤くんが

どんなモノに触れてきたか

どんな気持ちを抱いたか

何をどう見たか

知れる時が来ますように

 

 

燦燦と世界を照らす熱い太陽や。

 

 

 

穏やかに夜を包む満月の様に。

 

 

 

自ら光り、その光でだれかの道をも照らす。

いつだってアイドルであり続ける潤くんの世界に

沢山の愛の花が降り注ぎ

これから先の未来もずっとずっと「幸せ」だと

感じられる日々になりますことを

願ってやみません。

 

 

 

 


37歳の潤くんありがとう

 

38歳の潤くんも変わらず愛させてね(笑)

改めて今日は本当におめでとう!

:

:

:

 

 

76億人もいる中から潤くんに出会い 恋をして

こうして勝手であるけどお祝い出来ることが

私の人生での最大の"奇跡"だと感じています

 

 

奇跡や宝物

夢や希望、そして愛を、様々な形で

教えてくれてありがとう

 

 

 

 

 

 

最悪の事態は嫌でもあなたを探し出す

だけどあなたには一日でも多く笑っていて

ほしいからあなたが何にも恐れず

腰をかけられる暖かな場所がありますように

 

0:00  続

終わりの無い愛

メンバー 松本潤について

 

木更津キャッツアイの話決まった時に、「翔くんこれ1つ当ててきてよ」って背中を押したんだよね

"世間から見たら他を引きずり落としてでも前に出るんだって見えがちな松本潤が"

これは嵐を象徴する話だと思っていて

…まぁ不思議なもので立ち位置が決まってないと大体彼がセンターに行くんだけどね(笑)

(櫻井)

 

可愛いもんね、MJは "本当に可愛い"

(相葉)

 

コンサート演出は松潤が 〜

そういう説明をされると"「この人がやってんだ」って思うようなレベルじゃないのになって 我々がイライラしちゃう"

(二宮)

 

次の日7時なのに朝4時まで飲んでたって"すげぇ男だなって"

(大野)

                            引用 Netflix Jun's Diaryより

 

4人の口から発せられる潤くんは色んな角度から近い距離で見てきたからこその温かな人柄と愛らしさを沢山伝えてくれて

あなたがどれほど愛されているか どれほど素晴らしい人なのかを改めて感じます

 

 

潤くんがジャニーズになってから今日で25年

毎年この日を迎える度、

ジャニーズになってくれてありがとうという気持ちでいっぱいになって

この25年は潤くんにとってどんな時間だったんだろうと考えてしまいます

 

 

 

 

小学校の卒業式が終わり家に帰った松本少年は用意していた履歴書をポストに投函しました

だけど音沙汰無しのままで 流れたんだろうと思っていた最中

5月中旬、急に1本の電話が___それがジャニーズ事務所 ジャニーさんだった。

「レッスンに来てみませんか」と。

     

潤くんは

      "その電話が僕の人生が変わった瞬間"

だと言っていたね

 

そして向かったレッスン

素人だからシングルのターンも出来ない

当たり前のことなのにそれが凄く悔しくて

「帰っていいよ」と言われても『残ってやってもいい?』と前で踊ってる人を見様見真似で踊っていた潤くん

 

"この一瞬の判断が無かったら僕はこの世界にいなかっただろうし 頑張ろうとしている気持ちが良いよねってジャニーさんに思って貰えたんだと時間が経ってから気付いた"

 

 

この話を聞いた時、昔からずっと変わらないチャレンジ精神に胸を打たれました。

 

 

努力家で負けず嫌いな彼だけど周りから見たら

所謂「エリート」と呼ばれる組に含まれて…

1999年 嵐としてデビュー

可愛らしくて翔さんが大好きだった潤くんもいつの間にか思春期の男の子になっていて、嵐になり色んな仕事をこなしていく中で幾度となく 誤解 が生まれてしまったり 生意気 だと思われてしまうことも少なくなかったね。

だけど人一倍嵐のことを考えて

嵐に転機を齎してくれたキーマンでした。

 

上手く波に乗れない時期に毎日のように5人で話し合った日々が今のあなたの「強さ」を作ったんだと確信しています。

 

 

 

私はその時間の途中で松本潤を好きになり

応援させてもらって

ずっと夢を見ているような感覚でした。

ずっとずっと大きくて儚い、それでいて何よりも強い光を持つ夢を

潤くんに出会って恋をして 自分が満たされていく幸せを感じ、潤くんの幸せのお手伝いがしたいと思い 勝手ながら潤くんに自分の想いを乗せていました。

 

潤くんは

いつだってわたしの光であり続けてくれた人

活力でいてくれた人

…今も尚、_______くれる人

 

 

 

そんな25年の中で

苦しかった事も悔しかった事も嬉しかった事も楽しかった事も本当沢山あると思います でもそのたくさんの思いを潤くんが抱えて 力に変えてきたから今日まで来れたんだとも思っています

それでも

いつだって自分に厳しい人だから、時にはパンクしてしまったこともあるかもしれない。

 

だけどそんな姿は一度たりとも見たことがなくて…

私が見てきた松本潤

かっこよくて

可愛くて

優しくて

おもしろくて

真面目で

変なところに強いこだわりがあって、

4人のお兄ちゃんに甘やかされている

最高で最強な末っ子でした

 

と同時に 嵐 松本潤としてのポテンシャルが本当に誇らしかったし、何よりも尊敬している部分です

 

 

 

 

こうやって想えば想うほど潤くんに対する気持ちは大きくなっていくしその気持ちの大きさに胸が苦しくなるくらいです(笑)

 

 

 

 

 

 

だけど潤くんと出逢えたこの人生は本当にキラキラ輝いて私の宝物になりました!

沢山の愛と夢と素晴らしい軌跡と色褪せることの無い景色を本当にありがとう!!

 

 

 

 

 

 

"ジャニーズ"

それは松本潤にとって天職だと思います

あなたほどファンを思ってくれる人を私は知りません

 

…無邪気で人懐こくて愛らしい松本少年はいつの日か大きな帆を立てて大海原へと大航海をする船の舵をきっていました。あなたの見つめる先が嵐の行先であったこと 行き先であること 決して忘れません。

小さな船に乗り換えた潤くんの行先《未来》が眩しくて美しいものでありますように

 


改めて入所25周年おめでとう!!!

これからもずっとず〜っと私の王子様でいてください

 

 

 

あなたは今も尚私を幸せへ導いてくれる人

胸いっぱいのありがとう と 愛してるを込めて

 

0:00 終